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自殺論

人間はいつか死ぬものである。
今死のうと、いつか死のうと、動物や植物からしたら関係ない。
人間が生きようと死のうと同じなのである。
宇宙的な視点で見ると、50年以上生きるはずの生命が20年足らずで活動停止したとしても、「些細」以下の塵のような問題でしかない。
問題ですらない。
人間が生きようと死のうと、ただ物質が移動しただけにすぎない。

よく「あなたが死ぬと悲しい」と言われる。
悲しもうと死ねばいい。
悲しまなくても死ねばいい。
いつか死ぬのだから。
死ぬ日がたまたま今日になっただけで、今死のうと、100年後死のうと、自分以外の物質はそんなものに興味はない。
人間は物質で構成されている。
死体も物質で構成されている。
生きようと死のうと物質であることに変わりはないと考えれば、スムーズに死ぬことができるだろう。

生きることも死ぬことも同じである。
生きたければ生きればいいし、死にたければ死ねばいい。
どちらを選ぼうと、変わりはない。
人間は生きている魚も、干物などの死んでいる魚も、同じように「魚」と理解する。
それと同じことである。
生きようと死のうと動植物からしたら同じなのだ。
ましてや家の壁や土や空といった物質は、甚だ興味がない。

生きるも死ぬも同じこと。
だから安心して生きればいいし、安心して死ねばいい。

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